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歴 史

若狭の海から京丹波波高地を貫く都の食と文化を支えた街道

日本風景街道・近畿19番目として登録(平成22年11月11日)

西の鯖街道は、標高800mの丹波高地を挟み、福井県高浜町、おおい町名田庄、南丹市美山町、京都市右京区京北、京都市北区、そして京都御所を結ぶ約70kmの街道です。1900年代初頭に鉄道が敷設されるまで、福井県若狭地方と京都を結ぶ最短の文化・経済ルートでした。若狭湾で水揚げした海産物が人の背に担われ京の町へ運ばれました。また、京の文化がこの街道の各地にもたらされた街道でもあります。

高浜町

高浜町

福井県の最西端にあり若狭湾に面した良港で、古代より大陸の文化を受け入れたところであり、また飛鳥、奈良の時代より「御食国(みけつくに)」として、海の幸が都に運ばれたことが、平城宮跡出土木簡から明らかになっています。

おおい町

おおい町

高浜町の南に位置する山間にあり、室町時代に安倍晴明の子孫土御門家が一時、京都から移り住み、その史跡、資料が残るところです。京の朝廷の暦星を占う役割を担うことから、常に京都との行き来がありました。

美山町

美山町

丹波高地の堀越峠を境として、おおい町の南にあり、かつて高浜から京都へ運ばれる荷を下ろした中継の地でした。この町には、伝統的建造物群であるかやぶきの里や、国定公園として予定されている芦生原生林があります。

京北町

京北町

平安京建都の時代から、都造営のための用材を桂川を使い供給したところであるとともに、南北朝時代の光厳法皇に代表される都から逃れてきた貴人を迎えた土地であり、ここの山国地区は古来禁裏杣御料地でした。近世以降、北山杉の生産地として繁栄したところです。